思い出すのは薄暗いアーケードの商店街と、神社の隅の石段に腰掛けて時間をやり過ごす自分。
どうしようもないとき、何かにすがりたいとき、必ず鳥居をくぐり境内で大きく息を吸った。自然豊かというほどではないので綺麗な空気がときかれるとうんとは言えないが、境内にある社殿から流れてくる木の香りが好きだった。
今はそれがどこにもない。それに代わる何かもない。
隙間なく並ぶ建物にどこへ行っても人。とても便利な町ではある。大きいスーパーがある。有名外食チェーン店がいくつもある。ヘアサロンも内科皮膚科なんかもいくつもある。住むにはじゅうぶんすぎるくらいなんでもある。
だけどわたしが欲しいのはなんでも、ではなくて、視界に誰もいない、大きく息の吸える、逃げ込めるような場所。
まるで他人事のように繰り返される毎日に自分の存在を疑うような気分だ。
かつてこの地は、何百年か遡ると何もない場所だったのだろうけど、そういうことでもなくて。
なんだかな、と空を見あげると建物に見切れた月がちらつく。月すら見えないのか。広いはずの空も思う存分眺めることができない。月くらい遮らないでよ。そのままの明るさを眺めたいのに。たかだか数回建のアパートの屋根を憎らしいと思う。いくつかの屋根をたどると自分の今の家。帰る場所なのに、どうしてこんなに憎たらしいのか。